「教会のなかに生まれる祈り」

~迫害と殉教を通して~

 

使徒言行録12章1~5節 讃美歌190、308

1 そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、2 ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。3 そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。4 ヘロデはペトロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越祭の後で民衆の前に引き出すつもりであった。5 こうして、ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。

ハバクク書3章17~19節

17 いちじくの木に花は咲かず/ぶどうの枝は実をつけず/オリーブは収穫の期待を裏切り/田畑は食物を生ぜず/羊はおりから断たれ/牛舎には牛がいなくなる。18 しかし、わたしは主によって喜び/わが救いの神のゆえに踊る。19 わたしの主なる神は、わが力。わたしの足を雌鹿のようにし/聖なる高台を歩ませられる。指揮者によって、伴奏付き。

 

■本論

使徒言行録12章に入りました。

再び、エルサレムの教会のことへと、記述が戻ってきました。

今日の私たちの関心は二つです。

一つは、エルサレムの教会に迫害が起こったことです。

ヨハネの兄弟ヤコブが殺害されます。使徒としての最初の殉教者です。

さらに、ペトロも逮捕されます。緊急事態です。

どうして、そういう迫害が起こったのか、それが一つ目の関心です。

二つ目の関心は、その迫害のさなか、教会は祈りました。

5節、教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。

その祈りはいかなるものであったのか、それが二つ目の関心です。

まず一つ目の関心です。

使徒ヤコブが殺害される、ペトロが逮捕される。

エルサレムの教会を取り巻く街の空気が一変しています。

使徒ヤコブが殺害されたときに、ユダヤ人は喜びました。

教会に対する迫害自体は、いろいろなかたちで、以前からありました。

古くは、4章で、ペトロが最高法院の議員たちに逮捕されていました。

が、そこでは、4章21節、最高法院の議員たちが、民衆を恐れて、どう処罰してよいか分からなかったからである。とありました。

4章の時点で、エルサレムの民衆は、ペトロたちの味方でした。

その民衆を、最高法院は恐れたので、脅す以上の手出しができませんでした。

 

もう一つ、思い出しておくべき出来事は、8章に記されていたことです。

ステファノの殉教をきっかけにしてエルサレム教会への大迫害が起こりました。

が、そのときにおいても、8章1節です、その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。

方々に散って行ったのは、「使徒たちのほかは皆」、ギリシア語を話すグループの人たちです。「使徒たち」を代表とするヘブライ語を話すグループの人たち、つまり、依然として神殿礼拝を続け、律法を厳格に守り、見た目にはユダヤ人とまったく変わらない生活をしている使徒たちは、迫害を受けませんでした。

それが、だいたい西暦35年、36年頃のことです。

今日、お読みした12章は、44年です。12章23節で、ヘロデ王が死んでいます。その年が、44年です。つまり、10年と少しの時間が経った。その間に、教会に対する民衆の好意も尊敬は消え去った。教会に対する迫害を、民衆は喜んだ。

この間に、いったい何があったのでしょうか。

一つは社会状況の変化です。前回の11章28節に、大飢饉がクラウディウス帝の時に起こった、と記されていました。その大飢饉の始まりが44年です。

エルサレムの街に大飢饉がやってきました。大不況がやってきました。

深刻であるのは、そういう社会の貧しさは、経済的な問題に留まらないことです。

一つの社会、一つの共同体の豊かさ、成熟度を計る一つの指標は、異質なもの、とりわけマイノリティが持つ違いを、どれだけ包摂できるか、許容できるか、ということにあります。逆に言えば、異質なものに耐えられないのが貧しい社会です。

他者と自分とが違う。そんな当たり前のことに耐えられなくなる。不安になって、異質なものに全部、のっとられるんじゃないかという被害妄想にふけり始める。寛容であること、多様であることに耐えられなくなる。

このときのエルサレムの民衆がそうでした。排外主義が横行し始めます。清く、正しい自分たち、それ以外の異質なものは出ていけという声が大きくなります。

それはまったく自分たちは愚かであること、自分たちは貧しいと、世界に叫んでいるに等しいことなんですけれども、それよりも不安の方が勝つんです。

そうして、多様なものに耐えられない社会はどんどんとやせ細っていきます。

誰もいなくなった状態になるまで、止まらない。破滅がくるまで止まらない。

それは、いったい何度、同じことを繰り返せばいいのかというほどに、何度も何度も、国や地域を問わらずに、貧しい社会において、一様に見られる現象です。

私たちの社会もほとんど足を突っ込んでいます。

エルサレムの社会もそうでした。ユダヤ人は、教会の異質さに、目を留めます。

それまでは気にならなかった、同じ生活をしているはずであった。しかし、貧しくなるほどに、ユダヤ人は、教会の異質さをはっきり意識するようになります。

 

民衆の目にとまったのは、エルサレムの教会が、異邦人の教会、アンティオキアの教会と接触していること、その異質さでした。アンティオキアの教会のうわさが、11章21節、エルサレムの教会にも聞こえてきたのでした。「うわさ」ですから、教会だけに届くなんてことはない。エルサレムの街にも届いています。

エルサレムのユダヤ人は自分たちの純粋さを保とうとする人たちでした。

異邦人との交わり、異邦人社会との接触をできるだけ避ける人たちでした。

そこに、異邦人の教会のうわさが、聞こえてくる。

その教会と積極的に交わりを持っているエルサレムの教会が目に留まり始める。

排外主義の暗い心がうずき始めるんです。

また、エルサレムの教会も、もともとは異邦人社会との接触を避けていました。

しかし、ここで、ユダヤ人の目から見て、異質だと映るのは、彼らの方でも、エルサレムの教会の方でも変化があったということです。

変化があったから、つまり、キリスト者だと認識されたから、迫害を受けた。

飢饉のことを覚えて、アンティオキアの教会から贈り物が届けられました。

その贈り物を、エルサレムの教会は受け取ったんです。

以前ならば、異邦人社会からのものは、受け取らなかったでしょう。

でも、受け取る。それは背に腹は代えられないからということではありません。背に腹を代えても守るべきものがあるというのが彼らだったんです。贈り物を受け取るというのは、アンティオキアの教会との交わりを純粋に感謝するということです。

異邦人の教会との交わりを喜ぶ。喜べるようになったんです。

だからこそ、エルサレムの民衆の目に、異質だと映ったんです。

ユダヤ人の心に不安が芽生えました。その不安を解消したいという欲求が、異質なものはでていけ、裏切り者はでていけ、という大きな声になっていく。

為政者は、その声が大好きです。人を支配するのに便利だからです。為政者の最大目標は、自分が為政者であり続けることです。ヘロデ王は、自分がユダヤ人の王であり続けるために、ユダヤ人の不安や怒りを汲み取っていくことに長けた人物でした。

ちなみにですけれども、ここにでてくるヘロデは、ヘロデ・アグリッパ一世、ヘロデ大王の孫です。新約聖書にでてくる三人目のヘロデ王です。

このヘロデ・アグリッパは、為政者としての知恵に富んだ人物でした。

若いころ、ローマで生活していましたので、ローマにたくさんの友人がいました。

ローマ帝国の第三代皇帝カリグラ、四代目皇帝クラウディウスなどがそうです。

そういう力を背景に、ヘロデ・アグリッパはユダヤ人の王として君臨いたします。

そして、このヘロデ・アグリッパは、実はユダヤの民衆に非常に愛された王でした。

ヘロデ王家の人たちはみんな、自分が純粋なユダヤ人ではない、そのうえで、イス

 

ラエル地域を統治することに、恐れを抱いていました。

ユダヤ人が、自分をどう見ているかということを、過敏に気にしていました。

ヘロデ・アグリッパもそうでした。しかし、彼はそこがうまかった。

ユダヤ人は、何を喜ぶのか、ということをよく分かっていました。

過剰なほどに、ユダヤ社会に自分を適応させていきます。

ヘロデ・アグリッパは、サドカイ派から愛されました。

毎日、律法に正確に基づく神殿での献げ物を、欠かさなかったからです。

ファリサイ派からも愛されました。

律法を読むときには、立ったまま朗読したからです。

王は座って読むことが認められていました。

しかし、アグリッパは神の言葉の前に、王も民もないと立ったまま読んだ。

エルサレムの民衆全体からも愛されました。

ローマ皇帝が、エルサレム神殿に自分の像を立てると言い出したときには、身をていして、それだけはいけないと皇帝を戒め、象を建てさせなかったからです。

ユダヤ社会の誰もが思いました。ヘロデ・アグリッパはユダヤ人よりもユダヤ人。

神殿を愛し、律法を愛し、民衆を愛する、すばらしい王だと。

しかし、それらは全部、ヘロデ・アグリッパの為政者としての行動です。

ヘロデ・アグリッパがひと度、エルサレムをでて、他の街に行くと、同じ熱意をもって、ローマの神々の神殿に参拝しました。ローマ式の宴に興じたからです。

つまり、ヘロデ・アグリッパは、その時で、その場で、何が一番、民衆に喜ばれるのかを的確に捉え、実行した、ということです。自分が為政者として、力を持ち続けるために、何が必要かをピンポイントで把握して、それを実際に行うことができた。

事実、そうして、人の心をつかんだのでした。人びとは喜んだのです。

ヘロデ・アグリッパに、使徒ヤコブへの興味はありません。ヘロデ・アグリッパの心は、どうすれば、ユダヤ人の喜びをかき立てられるのか、です。

ユダヤ人の不安を煽り、その不安を解消し、欲求を満たすことができるのか。

それが、民衆の目に異質と映うるようになった、教会、キリスト者を迫害するということでした。使徒ヤコブ、ペトロ、教会に、ヘロデ・アグリッパは興味がありません。自分が為政者であり続けることだけに関心がある。

こんな自己都合の浅はかな思惑で、人の命は奪われる。

こんな愚かなことで、民衆の勝手な思いで、教会は翻弄される。今も昔も。

その世界のなかを、教会はどう生きていくのか。どう抗っていくのか。

そのあり様を教えてくれるのが、「教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた」という御言葉です。それが、このところの二つ目の関心でした。

苦難のなかで、迫害のなかで、教会は祈る。

祈ることで、自分たちが置かれている時代のなかを、世界のなかを生きる。

 

問題は、どう祈るかです。

このエルサレムの教会の人たちは、どう祈ったかということです。

ポイントは「熱心な祈り」という、「熱心な」という単語です。

ここに使われている単語(エクテノースἐκτενῶς)は、言葉は、「外に引っ張る、外に伸ばす」という意味を持ちます。たとえば、弓の弦ををギリギリまで絞って引いてる状態ですね。弦がピンと張りつめて緊張状態にある。

つまり、この場合の「熱心な」というのは、心落ち着けて、一生懸命に、というのではなくて、極限状態のなかで、ギリギリに追い込まれた状況のなかで、そこで切実に、あきらめずに、へこたれずに、心を燃やして、そういう「熱心」ということです。

それこそ、「教会の祈り」です。「教会の祈り」という意味は、一人では祈れないこと、祈り切れないこと、祈り続けられないことを、なお、祈りを絶やさないということ、みんなで、あるいは誰かは祈り続けている、ということです。

その意味において、「教会の祈り」は、「熱心な祈り」として献げられ続けます。

「教会の祈り」は共同作業です。私たちの教会においても、改革派教会においても、あるいはもっと広く代々の公同教会における共同作業です。

ならば、その「熱心な祈り」において、教会は共同して、何を祈るのか。

根本的に、何を祈るのか。

使徒言行録において、ルカは何も記していません。

ここに祈りの文言は記されていません。

しかし、ルカは「熱心な」という単語をもって、教会が根本的に何を祈るのか、その祈りの模範を教えてくれています。私たちを導いていく箇所があります。

この「熱心な」という同じ単語を、ルカはもう一箇所だけ使っています。

それは、使徒言行録ではありません。ルカによる福音書です。

ルカによる福音書22章44節です(新約155頁)。

オリーブ山で、ゲツセマネの園で、イエス様が祈っておられるところです。イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。

そこにある「切に」という言葉です。「熱心な」という言葉です。

十字架を前にして、イエス様は切に、熱心に、極限状態で祈られました。

そこには、祈りの文言が記されています。

イエス様が祈られた、その祈りの言葉が記されています。

教会の、キリスト者の祈りの模範です。

42節です。「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」

この祈りに、ルカは、私たちの心を導きたかったんです。

苦難のなかで、教会は、キリスト者は、キリストの祈りを祈り始めることができる。

そのための「熱心な」という言葉です。教会が、キリスト者が、いつも根本的に祈ることは、イエス様の祈りです、「わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」ということです。

「御心のままに行ってください」というのは、神様、どうぞ好き勝手やってください、わたしは何もしません、ということではありません。

そう祈ろうが、祈らまいが、神様は御心だけを果たしていかれます。

では、なぜ、「わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」と祈るのか。

それは、そう祈ることにおいてはじめて、そう祈るときにだけ、教会は、キリスト者は、自分の目の前にあらわされる現実を、それが苦難であれ逆境であれ、その現実を、御心であると受け止めることができるからです。

御心だと受け止めるために、教会は祈るんです。

そうでなければ、苦難は苦難のままです、ただただしんどいもの、ただただ運が悪かっただけのもの、そこにある意味は問われることはありません、そこにある責任は放棄されます。それは生きるということにはならない。

祈る者だけが、苦難を受けとめ、その中に生きることができます。

祈りは、私たちの願いを叶えてもらうための好意ではありません。

教会が祈るのは、神の決定を変えるためではありません。私たちが変わるためです。もっと神に信頼できるように。あるいは、私たちが変わらないためです。神への信頼に留まり続けることができるように。

「わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」。

この苦難を、御心として受け止め、なお神に信頼し続けることができるように。

ちゃんと、自分たちが今、生きている世界に、地に足をつけて立てるように。

責任を放棄することなく、現実逃避することなく、苦難であれ、良き時であれ、目を覚まして、神を愛して、隣人を愛して、生きることができるように。

教会は祈り続けます。正気を保つためです。

為政者の、民衆の、浅はかな、変なものに、翻弄されるんです。

しかし、そのときに、神と共に生きることを見失わない。それは祈るからです。

イエス様が、教会の祈りを、熱心な祈りを自らささげ、教えてくださいました。

教会は皆で、あるいは誰かが、「わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」と、今日まで、絶えず祈り続けてきました。これからも祈り続ける。

祈るから、共にいてくださる神を仰ぐことができます。

「わたしの主なる神は、わが力」と歌うことができる。

祈るから、歌うから、目を覚まして、与えられた苦難の中を生きることができます。

そのように祈る教会を、私たちを、神は愛し、守り続けてくださいます。

お祈りをいたしましょう。