「教会が教会として成長してゆく」
~神を愛することと隣人を愛することを通して~
使徒言行録11章1~18節 讃美歌188、329
19 ステファノの事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで行ったが、ユダヤ人以外のだれにも御言葉を語らなかった。20 しかし、彼らの中にキプロス島やキレネから来た者がいて、アンティオキアへ行き、ギリシア語を話す人々にも語りかけ、主イエスについて福音を告げ知らせた。21 主がこの人々を助けられたので、信じて主に立ち帰った者の数は多かった。22 このうわさがエルサレムにある教会にも聞こえてきたので、教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。23 バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。24 バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた。25 それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、26 見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。27 そのころ、預言する人々がエルサレムからアンティオキアに下って来た。28 その中の一人のアガボという者が立って、大飢饉が世界中に起こると“霊”によって予告したが、果たしてそれはクラウディウス帝の時に起こった。29 そこで、弟子たちはそれぞれの力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに援助の品を送ることに決めた。30 そして、それを実行し、バルナバとサウロに託して長老たちに届けた。
詩編119編25~32節
25 わたしの魂は塵に着いています。御言葉によって、命を得させてください。
26 わたしの道を申し述べます。わたしに答え、あなたの掟を教えてください。
27 あなたの命令に従う道を見分けさせてください。わたしは驚くべき御業を歌います。
28 わたしの魂は悲しんで涙を流しています。御言葉のとおり、わたしを立ち直らせてください。
29 偽りの道をわたしから遠ざけ/憐れんで、あなたの律法をお与えください。
30 信仰の道をわたしは選び取りました/あなたの裁きにかなうものとなりますように。
31 主よ、あなたの定めにすがりつきます。わたしを恥に落とさないでください。
32 あなたによって心は広くされ/わたしは戒めに従う道を走ります。
■本論
久しぶりに使徒言行録に戻ってきました。
昨年の11月30日に同じところをお読みしました。
教会の歴史におきましてのエポックメーキングと言いましょうか、新しい展開が起きた、ということが記されていました。26節の後ろのところ。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。
あの人たちはキリスト者であると、ユダヤ人でもないし、他の者でもない、キリスト者であると、人びとから初めて認識された場所が、アンティオキアでした。
このアンティオキアの教会が、初期キリスト教の歴史において、非常に重要な役割
を果たしていくことになります。
一つは、世界伝道です。アンティオキアの教会を拠点として、福音の種が地中海世界全体に広く蒔かれていくことになります。その様子を、その一端を、私たちは使徒言行録13章からを通して、学んでいくことになります。
もう一つは、神学的な貢献です。御言葉を読むということ、文字通りに、文法的に正確に読むということは、それほど簡単なことではありません。御言葉を御言葉として、信頼して、ゆえにこそ、調べるということを熱心に、丹念に、根気強くなしていくこと、アンティオキアの教会は、そのように聖書を読むことの拠点でもありました。
神の言葉はいったい何を教えているのか。
福音たるイエス・キリストは何を教え、どのように生きて、どのように死んで、どのように復活なされて、どのような意味で今も生きておられるのか。
聖書の言葉を読む、そこから教えられることに驚くべき熱心さをもって集中した。
だからこそ、世界伝道はなしえたと言えます。実際に伝道地に旅立っていったパウロだけではない、バルナバだけではない、この教会に集う人たちが熱心に聖書に学ぶ姿勢があったからこそ、ならばこの善き御言葉を伝えなければいけないという情熱を聖書からいただいていたからこそ、世界伝道は果たし得たのです。
そういう御言葉に基づく神学、御言葉に基づく伝道の拠点となりえたアンティオキアの教会の始まりが、前回に、また今日、お読みしたところでした。
前回11月のときには、特に21節までの御言葉に集中して学びました。
まさに、そこに、アンティオキアの教会の始まりがありました。
ステファノの殉教をきっかけに置きました大迫害のために、エルサレムにいられなくなったキリスト者たちは方々に散りながら、しかし、行く先々で、主イエス・キリストは救い主であるという福音を語ったのでした。
アンティオキアの町にたどり着いた人たちもそうでした。
最初は、ユダヤ人にです。ユダヤ教のシナゴーグに行って、そこで読まれている旧約聖書を指さして、この旧約聖書が約束しているメシア・救い主がイエス・キリストなんです、私たちの信じているイエス様なんですと、話していった。
が、そのうちに、20節、ギリシア語を話す人々、すなわち、ユダヤ人ではない、旧約聖書のことを知らない異邦人にも、どんどん話しかけていったんです。
「主イエスについて福音を告げ知らせた」とあります。
相手はギリシア人ですから、旧約聖書のことを知りません。
「主イエスは、旧約聖書が約束していたメシアです」という伝道は通じません。
イエスが主である、私たちの神であるという、その一点を語り続けたんです。
これまでの方法やスタイルをかなぐり捨てまして、とにかくイエスは神である、このイエスのことを知ってほしい、このイエスの言葉を知ってほしい、その一点にかけたんです。猪突猛進ともいうべき、この情熱を神は用いられました。
そうして、そのうわさが、エルサレムにも届く、というまでになった。
今日は、そこから学んでいくこととなります。22節以降のところです。
アンティオキアの教会が急速に成長しているという「うわさ」を、エルサレムの教会は受け取りました。
エルサレムの教会の人たちは、ユダヤ人による大迫害があっても、エルサレムに残れている人たちですから、ユダヤ人と親和性が高い、融和的な人たちです。
つまり、少し言葉汚く言えば、御言葉を聞いて、御言葉に救われるのは、ユダヤ人、自分たちだけで良いと思っている人たちです。聖書を読んだことがない人間に、イエスは神であると伝えたところで何の意味があると思っている人たちです。
ですから、アンティオキアにギリシア人たちの教会ができる、異邦人の教会ができる、それは大丈夫かよと、あまり快く思っていない人たちです。
ただ、そのなかで、バルナバ人は、ユダヤ人がどうだ、異邦人がどうだ、というのではない、神が何をなさったのだ、ということに心開き、心向けることができる人でした。アンティオキアの教会に否定的な思いを持っていない。そういう人を派遣するほどには、エルサレムの教会もなお一定の良識があったと言えます。
その見立ては間違っていませんでした。
23節。バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜びんだ。
この一文には、興味深い音の重なり、語呂合わせがあります。
神の「恵み」という、「恵み」はギリシア語は「カリスχάρις」と言います。
そして、「喜んだ」という、「喜び」はギリシア語で「カイローχαίρω」と言います。
つまり、「喜び」は、神の恵みを見たときの、心の反応だということです。
バルナバは、アンティオキアの教会に、神の恵みを見ることができた人でした。
そして、神の恵みを見て、喜ぶことができる人でした。
新しい、アンティオキアの教会は、バルナバがいるエルサレムの教会とは、随分と雰囲気も違ったでしょう。バルナバが思い描く「良い教会」ではなかったかもしれません。個人的にはということで、いろいろと思うところもあったかもしれません。
が、そういうことがあったとしても、バルナバはアンティオキアの教会に、神の恵みを見ることができました。それはバルナバに与えられた賜物です。
ちゃんと、ちゃんと、神の恵みがそこにある、ということを見ることができる。
その神の恵みを喜ぶことができる。自分の喜びにすることができる。
案外に、それは簡単なことではありません。
案外に、私たちそうじゃないんじゃないでしょうか。
粗探ししたくなるんじゃないでしょうか。
アンティオキアの教会に、バルナバが遣わされたことは、本当に幸いなことでした。
そして、バルナバがアンティオキアの教会が本当に教会として歩み続けていく、そ
の責任をも担う覚悟を表明しています。教会の人に語りかけています。
固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。
主から離れることがないように。
イエスを神だと信じた、その決意から離れることがないように。
そのために、バルナバは何をしたでしょうか。
言うだけであれば、勧めるだけであれば、それは誰にだってできる。
そうではない、バルナバが、そこでしたことがあります。
25節と26節。サウロ、後のパウロを、アンティオキアに連れてくることです。
何のためか。さらなる伝道のためか。
そうではありません。26節にあります。二人は、丸一年の間そこの教会に、アンティオキアの教会に、一緒にいて多くの人を教えた。
教えるためなんです。
私たちはパウロというと伝道者ということをまずイメージします。
しかし、最初に、パウロがアンティオキアに呼ばれたのは、伝道のためではありません。教会の人を教えるためです。何を教えるか。旧約聖書です。
パウロはもともとファリサイ派です。あの名高い律法の教師ガマリエルのもとで律法教育を受けた人物です。旧約聖書に精通している人物です。
そういう人物として、パウロをアンティオキアに招聘されました。
旧約聖書を教えてもらうためです。
なぜならば、その点が、アンティオキアの教会に最も欠けていたことであるから。
そして、この点が、アンティオキアの教会に最も大切であったからです。
アンティオキアの教会に集う、とりわけギリシア人は、イエスは神であると信じています。それは間違っていない。しかし、イエスに留まり続けるために、長くイエスを信じ続けるためには、イエスが神であるとはどういうことであるのか、そのピントをより合わせていかなければいけません。照準をより絞っていかなければいけません。
その教育が、アンティオキアの教会には必要であったわけです。
バルナバは、アンティオキアの教会に、神の恵みを見ました。喜びました。
だから、何が欠けているのか、何が必要であるのかが、的確に分かったんです。
エルサレムの教会の多くの人たちのように、ありゃダメだと、異邦人が何をやってもたかが知れると、非常に乱暴なかたちで見ていたら、何も見えません。
バルナバは、アンティオキアの教会を良い教会だと見た。
そこには、確かに神の恵みがあることが見えた。
だからこそ、欠けも見えたし、本当に必要なものも見えたんです。
アンティオキアの教会に必要であったのは、聖書を読み、教えられることです。
後に初期キリスト教会全体に、多大な貢献をする、聖書を正しく読むという、アンティオキアの教会は、実はもうこの時に始まったのかもしれません。
信仰生活に、「固い決意」は必要です。しかし、その「固い決意」は容易に揺らぐことを、バルナバも、私たちも知っています。
何に決意していたのだろうと、容易に忘れることを知っています。
心は揺れ動くし、変化する。
信仰がそういうわたしの心を基盤にするのであれば、それは簡単になくなります。
信仰は、そういうものではない。信仰は、心の問題ではありません。
信仰の土台は、神であられます。神の恵みです。
神がわたしを選んだということ、神がわたしを今、愛しておられるということ。
神がわたしを世の終わりまで共に守り続けてくださること。
その神が今このときも、そして永遠に生きておられること。
それは、わたしの心の問題ではありません。
わたしがどう思うが、どう揺らごうが、どう躓こうが、神は神としてあり続けてくださいます。この事実が、私たちの信仰の土台です。この神は変わらないんです。
私たちが変わっても、「固い決意」が揺らいでも、それで神が変わるわけです。
神の選びが、神の愛が、神の守りが増えたり、減ったり、なくなったりするものではない。私の心の在り方によって、神の愛が増えたり、減ったりするように感じることはありません。しかし、それは神の愛の量が変わっているわけではありません。
神は変わらないなんです。その神を受け入れることを信仰と呼ぶわけです。
ですから、「固い決意」を「固い決意」とし続けるのも、心の問題ではありません。
繰り返しますけれども、心は揺らぐので、そんなものを信用してはいけません。
信用して良いのは、神様だけなんですから、神を学び続ける以外ないんです。
御言葉を教えられ続ける以外にないんです。
心の中に、御言葉を流し続ける以外にないんです。そうでなければ、あっという間に、心は自分の言葉でいっぱいになって、神様のことが分からなくなります。
バルナバは、そのことをよく理解している人でした。
バルナバは、24節、立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。と言われています。「立派な人物」は、直訳しますと、「善い人」です。
「善い人」というのは性格が良い人とか、仕事ができる人というのではありません。
聖書が「善い」というのは、通常、神様のことです。神様だけが良いお方。
ですから、「善い人」というのは、神に信頼している人なんです。御言葉に聞く人なんです。その人を「善い人」というわけです。
バルナバ自身が御言葉に聞く人です。ですから、聖霊と信仰とに満ちていた。
聖霊は、御言葉と共に、御言葉を通して、働かれるからです。
アンティオキアの教会は、ギリシア人を含めて、旧約聖書を学び始めました。
それまで自分が知っていた「神」、ギリシア的な「神」、あるいは自分たちの期待が
作り出していった「神」、そういう神観を聖書に基づいて、正されていく。
とにかく最初は、イエスが神である、ということで教会に集まってきた人たち。
その人たちが、旧約聖書を学び、イエスが神であることの意味、わたしの神であることの意味、わたしの罪を救う唯一の神であることを教えられていきます。
そのときなんです。そのときに、26節、このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのであると記されるんです。
この位置は重要です。21節の後ではないんです。主がこの人々を助けられたので、信じて主に立ち帰った者の数は多かった。この後に、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのであると記されるのではない。
信じた人たちが多かったから、キリスト者と呼ばれるようになったのではない。
その人たちが、バルナバから、パウロから、聖書を教えられた後なんです。
固い決意を固い決意とし続けていく。揺らぐことがあってもまた戻ってくる。
そのための土台が神であることを学び続けたときに、教えられ続けたときに、キリスト者はキリスト者となっていった。そう呼ばれるようになったんです。
そしてまた、その人たちが、大飢饉で苦しむことになるユダヤに住む兄弟たち、エルサレムの教会に援助の手を差し伸べるということにもなりました。
それこそ、心においては色々な思いがあったでしょう。自分たちはエルサレムを去らなければいけなかったのに、エルサレムに残ることができた人たちに対してです。
ざまあみろ、と思ってもおかしくない。そう思った人もいるかもしれない。
が、アンティオキアの教会の人たちは、御言葉を学び続けたんです。
自分の心ではない、神の御心を、聖書から教えられ続けたんです。
それが、キリスト者です。自分のしたいように、やりたいことだけを、自分の心に従って生きるのがキリスト者ではありません。
御言葉に基づいて、御言葉に従うのが、キリスト者です。
ユダヤに住む兄弟たちに援助の品を送ることに決めた。
それを実行した。そこに、御言葉に教えられる教会の姿があらわされています。
この決意を、この実行を生み出したのは、聖書に聞く姿勢です。
それは、今の私たちの教会にも変わらず、あるべき姿です。
価値観が揺らぐ世界のなかです。何々すべきということが憚られる世界です。
が、そのなかでも、あるべき姿は確かにあるんです。
聖書に聞く、御言葉から教えられる、それはキリスト者のあるべき姿です。
お祈りをいたしましょう。